プロジェクトストーリー

大阪・関西万博
シグネチャーパビリオン「いのちの未来」

空間に、香りで
命を吹き込む。
©FUTURE OF LIFE

プロジェクトメンバー Member

企画コンサルタント

K.Tada

香料素材の選定から香りのストーリー設計までを一貫して担当し、近年は空間演出や体験型プロジェクトにも多く携わっている。

調香師

T.Kondo

香料素材の分析・検証を担当。原料特性や揮発特性、環境条件による香気変化を数値と実験で支え、調香師のイメージを「再現可能な香り」として成立させる役割を担う。

プロジェクト開始のきっかけ Background

©FUTURE OF LIFE

想像力の限界に挑む
香りのプロジェクト。

K.Tada

今回の香りのプロジェクトは、「香りで未来を表現できないか」という、きわめて抽象度の高い問いから始まりました。依頼主である当パビリオンプロデューサーの石黒先生が描いていたのは、千年後の人類はアンドロイドと融合しているという未来像。生命を持つ存在である以上、そこには何らかの「香り」があるはずだという発想から、「千年後のアンドロイド自身が醸し出す香りをつくってほしい」という、前例のない依頼が投げかけられました。

香料を製造する塩野香料と、その香りを空間やプロダクトへと昇華させるキチベエ。塩野グループの各社がそれぞれの役割と知見を掛け合わせることで、「この世に存在しない香り」への挑戦が本格的に動き出しました。
ホテルやショールームなど、これまで数多くの空間演出を手がけてきた経験を持ちながらも、万人受けを前提としない今回のテーマは、これまでとは真逆の発想を求められるものでした。ここから、想像力と技術力の限界に挑むプロジェクトが始まったのです。

最も大変だったこと Challenge

©FUTURE OF LIFE

この世に存在しない香りの開発。

T.Kondo

今回の最大の難関は、「正解が存在しない香り」を形にすることでした。通常の香り開発では、好ましさや万人受けを前提に設計しますが、今回求められたのは千年後のアンドロイドがまとう香り。思考や感情すら定義できない存在を想像すること自体が、大きな壁となりました。現代人が好む香りではないかもしれない、むしろ馴染みのない香りこそ未来を感じられるのではないか、そのような試行錯誤の中で開発しました。

加えて、通常から考えても非常に限られた開発時間で、「未来の香り」と「太古の森の香り」という、対極にある二つの香りを同時に完成させる必要がありました。関係者それぞれの解釈やイメージが揺れ動く中、方向性がぶれないよう調整し続けることも簡単ではありませんでした。

一方、来場者が持ち帰る香水の開発については、実際に身に纏う香りになるため、嗜好性を考慮し、強すぎず、かつ記憶に残るという繊細なバランスが求められます。ここでもまた、相反する条件の中でテーマや世界観を崩さないように調整する難しさがありました。

何を重視したか Focus

未来のイメージと体験価値を、
同時に成立させる。

T.Kondo

抽象的な過去・未来像を、「来場者が体験できる香り」として調香するにあたり、「太古の森の香り」では静かな湿度感のある神秘的な世界観を表現する一方、「未来の香り」では自然界に存在するが人間には醸し出せないような香りの成分を微細に調合することで、美しいアンドロイドを表現しています。

また、来場者が香水として持ち帰るプロダクトでは、清潔感や時間経過による香りの変化も含めて設計し、展示空間での体験が一過性のものに終わらず、記憶に残る体験として定着することを目指しました。

さらに、石黒先生や演出陣の世界観を正確に汲み取り、プロジェクト全体のストーリーと矛盾しないことも重要な軸でした。単なる話題性ではなく、「空間に入った瞬間に物語が立ち上がる香り」。それを実現することを、最後までぶらさず追求しました。

どのような成果があったか Outcome

©FUTURE OF LIFE

記憶に残る体験としての
高い反響。

K.Tada

完成した香りに対する関係者の反応は、「これだね」という一言に集約されました。万博開催前に現地で実際に空間へと漂わせ、演出と融合した状態を確認した際も、世界観と香りが違和感なく結びついていると高い評価を得ました。視覚・音・ストーリーと一体になった瞬間、香りは単なる要素ではなく、空間体験そのものを成立させる存在へと変わったのです。

来場者の反響も想像以上のものでした。限定一万本で制作した香水は会期途中で完売し、EC販売を望む問い合わせや「気に入ったから継続して使いたい」という声が数多く寄せられました。海外からの招待客の間でも話題となり、「この香りは何だ」と関心を集めるなど、パビリオンを象徴する体験の一つとして記憶に刻まれました。

さらに、このプロジェクトをきっかけに新たな商業施設での香りプロデュースの相談も生まれ、具体的なビジネス機会へと広がっていました。社内においては、多くの社員が万博会場を訪れ、自社の技術と挑戦を誇りに感じる機会に。単なる演出の成功にとどまらず、事業に可能性を、組織に自信をもたらしました。

次への挑戦 Next

万博を超えて、世界へ挑む。

K.Tada

万博という大舞台での経験は、「どんな難題にも応えられる」という自信につながりました。今後は、この実績を起点に、日本の繊細なものづくりや空間芳香の価値を海外にも広げていきたいと考えています。単なる香りの提案ではなく、ブランドの本質を引き出すプロデュースとして、新たな市場を切り拓いていきます。

T.Kondo

千年後という飛躍したテーマに挑み、共感を得られたことで、香りづくりへの視点が大きく変わりました。これからは思考だけにとらわれず、キャラクターや時代背景まで感じさせる香水を生み出したい。世界の人々に届く香りを、自らの手でつくり出すことが次の目標です。


取材日:2026年1月15日